=-= 小さな宇宙 =-=



砌えみこ










 −−−あいつと戦うことが、俺の運命だったのか−−−


 堅く冷たいベッドの上でコウ・ウラキは、ここ何日間か繰り返し心を占めていることを、今日も考えていた。
コウが考えるより前に状況が進み、変化してきた数ヶ月前を思えば、悩み耽る時間は無限に在るように思えた。”ここ”では・・・すなわち、この独房の中では・・・・・・


 コウ・ウラキ少尉が”重要機密=ガンダム3号機の使用”などの罪で懲役1年の即時判決を軍事裁判で言い渡されたのは、あのアナベル・ガトーの死後わずか10日後のことであった。
そして、今さら連邦の体制の側である法廷で自分の罪状について、弁解も反論も行なう気が持てなかったコウは、氏名と身分を述べる他は一言も漏らさず、判決を甘んじて受けたのだ。

 コウが軍刑務所に収監されて、もうすぐ3週間になろうとしていた。

 ようやく、ここでの生活のリズムにも慣れてきたところだ。
 懲役刑として収監されている以上、運動と労働と軍規の再履修は士官学校時代に比べて、過酷なものではあったが、どれほど身体と精神が疲れようとも、コウにとってはどこか安穏としたものだった。
アルビオンに、そしてガンダムに乗っていた時とは比べようがないほど、ラクに感じていたのだ。
 そう、一度でもあの戦場を体験した者にとって、ここは天国にさえ思えるだろう。例えボロボロになって倒れこむことがあっても、ここでは、命のやりとりは無いのだから。

 最初のうちこそ、疲れから死んだように眠ることもあったが、今では眠りにつくまでの時間に、ゆっくりと歩んできたはずの自分に、ガトーとの出会いから、どれほどの変化が訪れたのかを考える余裕ができていた。


 ・・・目の前で2号機に乗り込まれたんだよな・・・俺もすぐ、1号機に乗って追いかけようとした。もっとも、それを口実にあのガンダムに乗れるって、ワクワクしていたのも確かだが。
 結局、俺は戦いというものを何一つ分かってなかったんだ・・・

 あいつと戦うまでは。

 初めてガトーとMSで向き合った時の光景がコウの脳裏に甦る。

 ・・・ちょっと、戦っただけで、びびってしまって、いいようにあいつに押しまくられた。バニング大尉の声で辺りの景色がふっと目に入ってきたんだ。結局何があったんだか、はっきり覚えてなくて。たしかに俺はひよっこだな・・・

 「くくっ」
 と小さな笑いを漏らして、コウは薄いシーツをかけ直す。

 ・・・あんなに追いかけたのに、結局宇宙に上がられてしまって・・・そのあと、ガトーの居所もつかめないまま、俺は1号機を大破してしまったんだよな。
 みんなに、何よりもニナに、会わす顔がなくて、気が付いたら”脱走兵”と化していた・・・

 脱走とは大げさかもしれない。酒の上のケンカで許可時間内にアルビオンに戻れなくなってしまっただけだ。だがコウは自嘲気味に自らを脱走兵と考えてみせている。

 ・・・ケリィさん・・・か、彼に出会わなかったら、今の俺があるだろうか。
 結局、戦うべき相手になってしまったけど、あの時、後悔も感じたけど、今なら少しはわかる・・・気がする。
 後悔なんて、そんなことを感じるのはきっと許されない。ケリィさんに失礼なことなんだ。

 コウが士官学校に入ったのは、時局のせいもあるが、何よりもモビルスーツのパイロットになりたかったからだ。ガンダムの存在を知ってからは、連邦を救ったともいわれるその機体に、一度は乗りたいと願ったものだった。
 だが、実際にガンダムに乗れるようになったとはいえ、扱えるようになったとはいえ、そのことが一人前のパイロットになったという証にはならないことに、ケリィ・レズナーとの戦いを通して、コウはようやく気づいたのだった。


 ・・・俺は執拗にガトーを追った。最初の戦いで相手にもされなかった屈辱をずっと胸に抱いていた。1号機で、そして3号機に乗り換えて、どれほどあいつを追いかけただろう。

 でも、ニナに裏切られて・・・

 それを思いだした途端、今でも胸が痛む気がし、苦々しくもあるコウだったが、考え続ける。

 ・・・だが、コロニーから出て、目の前の宇宙に浮かぶノイエ・ジールを見た時、今までと何か違っていた・・・気がする。
 あいつに負けつづけた悔しさは、無かったのではないだろうか。
どちらが強いか知りたかったのか?
  いや、そうではない。ただ、目の前の敵を敵として、全力で向き合っただけだ。

 あの時の俺は、連邦軍のためとか地球に住む人のためとか微塵も感じてはいなかった。
俺の中に何かあるとすれば・・・敵であったケリィさんの執念、闘争本能、それに任務の半ばで散っていったバニング大尉に対して、自分が為しえる報いや慰め、それに俺に3号機を預けて亡くなったルセットさんの・・・
 そう、確かにそれらすべてが、俺の中にあった。

 ゴロリと、コウが仰向けからうつ伏せに身体をいれかえた。重力下での”シゴキ”が続いたせいか、幾分たくましくなった肩の筋肉が大きな盛り上がりを見せている。


 ・・・あいつも、アナベル・ガトーも、戦いで倒した相手や、途中で倒れた仲間のことを思い、死力を尽くしたのだろうか・・・


 ”戦うことの意味”か。

 ここを出たら俺は、どこへ行くべきなのか・・・あるいはどこへ行きたいのだろう。
判決を受けてすぐは、刑期が明けたら退役してやる!って思っていた。
でも、俺が軍から離れるのは許されることなのだろうか。俺は戦いの意味を知った男になったのだろうか・・・

 ふっ・・・まだまだ、だな、どう考えても。


 朝は5:50起床と決まっている。そろそろ眠らないと明日の作業が辛くなるだろう・・・と、コウは頭の上まで、シーツをかぶってから、ふと気づいた。
不思議と、ベッドに横になった時より辺りが明るくなっていることに。
 いや、不思議ではない。ここは地球なのだ。壁の一方の手が届かない高い位置にある小さな窓から、月光がオリの中を照らしている。ちょうど今の時間、月と窓とが一直線に並んでいるのだろう。
 時間と共に動くホンモノの月の光が、寒々とした独房にさらに冷たく青い空気を運んでくるようにコウには思えた。

 ・・・あの向こうで、俺は戦っていたんだな。

 こんなに小さく遠くにしか見えない。

 今も数え切れない程の機体の残骸が・・・魂の抜け殻が漂っているだろう。

 俺はあそこへ還りたいのか? 還りたくないのか? ・・・わからない、な。

 わからない・・・


 やがて、静かな寝息を立て始めたコウの身体にさす光は、しだいに細くなり・・・消えた。

 その頃には、いつもと変わらぬ静寂が、辺りを包んでいるだけだった。










END










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