+ 休暇1 +










『ピピピピピピ・・・・・・・・・』

ベッドサイドのデジタルウォッチが、06:20を示している。

ドロワ搭乗の平時と同じ時間に起床してしまうのは、

もう変えようがない習慣。



「・・・うーん。」

それでも、ゆっくり伸びをしながら、ベッドから起きだせるのは、

休暇中ならではの特権だ。



半年ぶりの二週間のお休み。





こんな生活でアパートを借りても、不経済この上ない。

すでに両親も亡くなり、

訪ねて行けるほどの親戚もいないアナベル・ガトー大尉は、

サイド3に、ホームを持たなかった。

休暇時はいつも、短期滞在型マンション(1LDK)を借りて済ませている。



ホテルと違って、

最低限の家財道具、調理器具なども揃っている。

寝巻き代りのTシャツ姿で、

台所のコーヒーサイフォンにモカとマンデリンのスペシャルミックスをセットし、

そのまま、バスルームに入った。



「・・・・・・・・・〜♪」

かなり上機嫌らしい。

鼻歌らしきものが、半透明なガラスの向こうから聞こえてくるが、

のぞくわけにもいかない。

・・・えっ?見たいって?!



命知らずですね。

では、ちょっと(笑)。



長い銀髪に櫛を通しながら、

三つ編みに編んでいる???

・・・・・・・・・。

だがすぐに、笑いながら解いて、襟足でひとつにまとめた。





・・・さて、クロワッサンに軽くハムとチーズを挟んで、

コーヒーの香りの朝食。

二つに切られたオレンジにヨーグルト。

買い置きのコールスロー。

・・・手間がかからず、健康的だ。



2杯目のコーヒーを飲みながら、

電子新聞ではなく、紙製の新聞に目を通す。

戦艦では、手に入らない。

だから、自分の手でページをめくって、

ゆっくり視線をさ迷わせるのが好きである。





8時前に、トレーニングウェアに着替えて、

ジョギングで5ブロック向こうのジムまで行く。

無重力の戦艦の中で、筋力を維持するのは大変だ。

プロテインやカルシウムの錠剤も配付されるが、

せっかく重力下に戻ったのだから、と、

ガトーはジムでのトレーニングを日課にしている。



ワンツー、ワンツー・・・

というエアロビクサーの群れには、当然ガトーはいない。



「はっ・・・はっ・・・はっ・・・」

規則正しい呼吸音を響かせながら、

ベンチプレスを繰り返す。



灰色のTシャツに黒のトレーニングパンツ。

汗の染みも不快に見えないのは、端整な顔のせいか。





お昼前には、

チェック柄の綿シャツ(緑系)と

リーバイスのコーデュロイパンツ(渋茶系)に着替えて、

街中の散策に出る。



運動した後にすぐ物を食べるのは、体に悪いと、

大概、1時間ほど本屋で時間を潰す。



普段、戦艦の中では、

「ミノフスキー粒子散布下での機体行動について」だの、

「MS戦術操縦理論」だのを、

空き時間や寝る前に読んでいるので、

こういう時は、大好きな歴史書か歴史フィクションを探した。





購入した本を抱えて、カフェテリアで昼食。

・・・の、はずだったが、

今日の天気予報は快晴。

そしてコロニーでは的中率100%だ。



ガトーは、道端のスタンドで、

サンドイッチボックスとグレープフルーツジュースを買って、

ズムシティーのセントラルパークへ。



緑・緑・緑。



例え、人工的に整備されたものだとしても、

コロニー生まれのガトーには当たり前の景色だし、

そうでなくとも、長い宇宙船暮らしの後では、

これほど目に優しい光景があるだろうか。



時々、訪れるこの公園で、

一番のお気に入りの場所。



水鳥が棲む、まあるい池のそばの、

ハナミズキの木蔭を陣取って、

ガトーは遅い昼食にありつく。





鴨の鳴き声。

水面を蹴る音。

遠くで子供の喚声。



どれも宇宙では聞けない。



サンドイッチを胃袋に収めると、

もっと木に寄りかかって、

買ったばかりの本を袋から取り出す。





『高い城の男』

遠い昔、第二次世界大戦で、

負けたはずの日本という国が、

勝ったことになってる、ノン・フィクション。



歴史の、Ifは純粋におもしろかった。

だが、わずか10ページほど進んだところで、

心地よい眠気が襲ってくる。



「はふ・・・」

ガトーはアクビを噛み殺しながら、

バッグからサングラスを取り出した。



寝顔を見られるのは、どうしてもイヤなのだ。

万全の備えで、心地よい睡眠に浸ろうとする。

両腕を組むとハナミズキの幹を背にして、

あっという間に眠りについた。





『・・・ざわざわざわ。』

夕方になると、勤め帰りの人も増え、自然と喧騒が増してくる。

おかげで、ガトーも何となく目を覚ました。



立ちあがって、パンツを叩くと、

次の目的地、スーパーを目指す。



今日の夕食兼明日の朝食、

のお買い物。



珍しく、ウサギ肉が売られていた。





タマネギと香草でシチュー。

それにパンは、シャンピニオンにしよう。

オレンジジュースが切れていたから、

果汁100%のものを選んで、

それから、それから・・・・・・・・・





一時間近くかけて作った夕食が済むと、

音のない部屋がちょっと寂しくて、

見もしないテレビをつける。



そして、ソファに腰を落ちつけて、

全然読めていなかった小説の続きに、

もう一度取りかかった。





洗濯機を回しながら、

夜のバスタイム。



ゆっくりたっぷり、お湯を使って。

ゴシゴシゴシ。

ザーザーザー。



このお湯の量だけで、

ドロワに居る時の10倍は贅沢をしてる感じだ。



新しいシャツに着替えて、

ベッドの中。



目覚ましを、セットして、眠りにつく。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・むくっ。

ガトーの手がもう一度、時計に伸びた。



(・・・朝寝坊というものを、やってみよう。)



わざと、目覚ましのスイッチを切る。



・・・たまには、いいだろう、休暇中なんだし。





???

いつもの生活リズムが染みついているガトーが、

いったい何時に起きたのだろう。



・・・そんな休暇。











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