=-= 祈念 =-=



砌えみこ










 (大尉・・・)
 (発進します・・・)
 (どうか大尉、後のこと、は・・・)
 (ご一緒に・・・)

 「う・・・う、ん・・・・・・くッ・・・」
 薄暗い部屋の中に、低い呻き声がこだまする。壁際にあるベットには男が一人眠っていた。その男の端正な顔には汗が浮かび、眉間には深い皺が寄っている。
 おそらく身体に掛けられていたはずのシーツは、足元の方へ下がり皺になっていた。

 「く・・・・・・あッ!!!」
 男はひときわ大きな声を上げたかと思うと、ベットに上半身を起こした。
 「はあ、はあ、はあ……」
 大きく息を吐きながらあたりを見回す。ぼんやりとしか、物が見えない。どうやら、まだ朝とは言えないようだ。

 「また、か・・・」
 乱れた銀髪を顔に張り付かせて、アナベル・ガトーはそう呟いた。


 宇宙世紀0080年12月、月面都市フォン・ブラウン・・・

 「なぜだ?」
 誰に言うともなく言葉にする。時計を見ると、まだ4時前。ベッドに入ったのは午前0時を回ったくらいか、今日もあまり眠れなかったようだ。まだ眠りを欲しているが、如何せん、汗をかいた身体が気持ち悪かった。
 ガトーはベットから体を降ろすとバスルームへ向かって歩き出した。

 一人暮らしの部屋だ。寝室を出て、狭いリビングルームを横切ると、キッチンと玄関とそしてバスルームへの扉がある。湿った下着を脱ぎ捨てて、中に入った。スイッチひとつで、勢いよくお湯が流れ出す。

 −−−ザーザーザーッ−−−
 気持ちいいほど肌を打つお湯を頭から浴びながら、さっき見た夢のことを考えてみる。

 (”ソロモンの悪夢”とまで言われたこの私が、夢にうなされるとはな)
 自嘲めいた笑みが口の端に浮かぶ。

 ここ1週間ほど、同じように寝苦しい夜が続いていた。ただ目が覚めると、重苦しいような気分だけが残っていて、何を夢見たのか全く判らなかった。だが今日は確かに覚えている。誰かが自分のことを大尉と呼んでいたし、ザクやリック・ドムが宇宙へと発進していく姿も見た。
 (あの兵士たちは誰かに似ていた・・・)

 −−−ザ、ザ、ザーッ−−−
 肩まで達する銀髪を洗い終えると、ボディーシャンプーを付けたスポンジで体を強く擦る。
 (302哨戒中隊の者か・・・いや、そうでない者もいたな)

 スイッチに手を伸ばすと、お湯の量を増やして、泡を一気に流す。その光景を見ている者がいれば、鍛え上げられた鋼のような体に流れる水の軌跡が美しいと思うだろう。

 ・・・・・・ようやく、さっぱりとした体でバスルームを出た。















 冷蔵庫から水の入ったボトルを取り出す。バスローブ姿のままで、よく冷えたそれを一気に飲んだ。
 「ふー」
 一息ついてベットの上に座る。
 「・・・・・・・・・」
 何かを考えるということが急に億劫になったように、視線を床に落としてしばらくボーっとする。

 ・・・幾分か時間が過ぎたのだろう、ようやく明るくなってきた部屋を何となく見ていると、小さなカレンダーが目についた。

 (明日は24日か!!)
 「そう・・・か・・・明日は、もう」
 小さな卓上型カレンダーが今日は12月23日であると告げていた。街を飾るクリスマス・イルミネーションがいやでも目につくこの季節。だが、ガトーにとってはそんなものとは違う感慨がある”その日”・・・

 一年前の12月24日、連邦軍がソロモン攻略戦と称してジオンの宇宙要塞ソロモンへ総攻撃をかけてきたその日。ドズル・ザビ中将がビグ・ザムであの”白いモビルスーツ”ガンダムと戦い、壮絶な討ち死にをしたその日。
 そして彼が”ソロモンの悪夢”という名を冠するようになった、その日なのだ。

 (一年という月日が流れてしまったのか・・・)
 決して忘れていた訳ではない。だがこのフォン・ブラウンでの毎日は、いつのまにか単調なものになってしまっている。地下に隠れた仲間を探して連絡を取ったり、ジオン寄りの民間人と接触して、少しでも戦力の拡大に繋げるよう心をくだく日々。明日のジオンの為に出来ることを、彼なりに。

 だが、ここは戦場ではない・・・彼が望み、努力し、その上で得た力を、思う存分発揮できる場所ではないのだ。
 彼が駆け抜けたソロモンの海は遙か遠く・・・明日という日を失念してしまっても、やむを得ないのかもしれない。


 あの、ソロモンでの光景は今でも鮮明に思い出すことが出来る。
 (一緒に出撃した302哨戒中隊の部下たち、生き残ったカリウス)
 (・・・あの時、左腕を失ったケリィ)
 (それに、前の隊で一緒だった、あいつもいたな、それから・・・)

 「連邦のジムを3機やっつけました! これで5機になりましたよ! 僕もエース・パイロットですね、大尉。あとでおごってもらいますよ!」
 そう笑顔で言っていたが、次の出撃で2機のジムに囲まれて、死んでいったウォルフ。

 「頼みます・・・」
 満身創痍のザクでソロモンに帰還したものの、顔面に血を滴らせて笑顔で事切れたベルガー。

 「大尉・・・信じられません! ソロモンが落ちるなど・・・」
 撤退を潔しとせず、ジムと相討ちで散っていったシュミット。

 ともに戦い、ともに喜び、ともに屈辱の涙を流した幾人もの兵士たち。

 そして今も、ソロモン海には彼ら全ての魂が漂ったままだ・・・・・・


 「呼んでいるのか! この私を!!」
 彼らの気持ちが痛いほど伝わってくるような気がした。あれほど願った未来を見ることなく死んでいった彼らの念を晴らしてくれる人を、待ちわびているのだ。

 (だが・・・だが、今の私がしていることは何だ?)
 月に身を置かねばならぬ我が身のもどかしさを、どう出来よう−−−ガトーは熱くなった体を、今の自分が居られる場所、このフォン・ブラウンの小さなマンションの一室に、ただ佇ませるしかなかった。

 「待ってくれ、今、しばらく・・・必ずや私は・・・」

 「私は立つ! ジオン再興の為に!!」
 彼は言う。散っていった同胞たちに、そして自分自身に聞かせるかのように。


 ・・・彼らにその声は届いたのだろうか。
 運命の12月24日の朝、昨日までのことが嘘のように、静かな朝を迎えるアナベル・ガトーの姿かあった。










END










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