=-= Intermission-6- =-=



砌えみこ











 暗い顔、疲れた顔、無表情な顔、・・・・・・・・・絶望。



 (そんな顔を、どれだけ見てきたことか。)



 シャンパンとフィッシュ・フライの香りが充満した狭い食堂の片隅で、ドライゼはこの三年を思い起こしていた。側では、片手にグラス、片手につまみを持ったいい年の男たちが声を上げて騒いでいる。今日はニューイヤーズ・イブで、そうして三年前、ジオンの敗北が決定した日。



 ・・・敗北。



 (そうだ、あの日、宇宙(そら)でジオンは負けたはずなのに、・・・・・・・・・我々のなんとあきらめの悪いことよ。)



 宇宙世紀0082年12月31日。娯楽とはほど遠い生活をはじめてから、三年が経とうとしていた。安物のシャンパンに酔う部下達の痴態も今日だけは見逃してやる。ドライゼ自身もさっきまではしゃぐ男たちの間を回っていたのだ。杯が重なり身体に少々堪えたせいで、席に座りこんでしまったが。いつもなら週末の夜に時間を限って交代で許可される飲酒。しかし今は、非常要員をブリッジと機関室に残して、ほとんどの乗組員がここに集っていた。



 「艦長、あと十分で新年です。」

 「おお、もうそんな時間か。」

 「大丈夫ですか?・・・ずいぶんとお疲れのように見えますが。」

 「ん、・・・酒に酔っただけだ。」

 隣の席に副長が座る。一緒に宇宙から降り、一緒にこの船の中で過ごしてきた同胞。



 「副長は、なんで潜水艦勤務を志願したのだったかな?」

 「は?・・・いや、私は軍命で。・・・・・・故郷のコロニーでは、スペース・クルーザー乗りをしてまして。」

 「そうか。・・・わしはな、『第二次地球降下作戦』に自ら志願した口だ。実を言うとな、青い海に憧れてたんじゃよ。・・・・・・・・・こんな話はつまらんか?」

 「いえ、ぜひ聞かせていただきたいですな。」

 そう言ったのは副長の思いやりというものだろう。杯を傾けながら、ドライゼは話し出す。



 「わしのじいさんが、船乗りでな。・・・アイルランド出身の。」

 「・・・それは、どの辺ですかい?」

 宇宙移民も三世、四世がいる時代だ。地球の版図が分らなくても副長に罪はない。



 「ヨーロッパの端っこにあった国さ。中でもじいさんは、漁師ばっかりが住んでるような島の生まれでな。知っての通り、地球の環境がどんどん悪くなって、海は荒れ、生活できるほどの水揚げが無くなって、・・・サカナが捕れない漁師なんて、漁師じゃない。結局、息子に、つまりわしのおやじに説得されて、宇宙に上がったんじゃよ。おやじの方はとうに漁業に見切りをつけて、建設会社に就職してたってわけだ。」

 「・・・寂しい話ですなぁ。」

 「そうさな、母なる海じゃなくなっていく海を見たくなかったのかもしれんな。」

 ドライゼは語り続ける。珍しいことだ、と副長は聞き続ける。



 「わしが小さい頃、膝の上に乗せてよく話をしてくれた。地球の海のこと。魚のこと。とっておきの岩場のこと。時には人魚の伝説まで。」



 (膝に乗ると、じいさんの髭が頬に当たってちくちくした。抱きしめてくれた手はごつごつと節くれだって、これぞ男の手、に見えたもんだ。)



 『海は一時たりとも同じ色をしてないのじゃ。青に群青、水色、紺、濃紺、紺碧、瑠璃紺、藍、青紫、紫、青灰、浅葱、時化る日もあれば、凪ぎの時もある。海は戦場、気を抜いてはいかん。・・・が、戦ってばかりじゃ必ず海に負ける。尊敬の念を忘れてはならん。』



 「じいさんは、節目節目に古いセーターを着てな。・・・なんでも家々ごとに受け継がれているという模様が編み込まれたもので、海で遭難しても身元がわかるようにってことらしい。じいさんが亡くなった時、一緒に棺桶に入れちまったから、もうどんな模様かも覚えてないが。じいさんの精一杯の誇りだったのかもなぁ。」



 (ごっつい手と日に焼けた顔が忘れられん。地球へ帰りたいとは一度も言わなかったが。)



 「地球に降りれば、ホンモノの海が見られるかもしれんと思ったら、いてもたってもいられなくてな、・・・それで志願したのさ。」



 宇宙世紀0079年3月13日、ジオン軍は連邦のキャリフォルニア・ベースを制圧した。ジオン軍には当然のことながら潜水艦を建造するためのノウハウはなく、連邦軍の工廠を手中にすることで、潜水艦部隊の設立が相成ったのである。だが潜水艦が完成したからといって、それだけで軍隊として機能するわけではない。ドライゼは仲間と共に、船の運用方法を一から練り上げてきたのである。苦労も多かった。・・・が、

 「あの頃は、楽しかったですなぁ。」

 副長が先に言う。同じく地球に降り立ての頃を思い出しているのだろう。初めて見た海と高い空。悠々と進む船。宇宙を往く船とは違う。波間に顔を出せば、潜水艦といえども揺れる。全長200メートルもの船を動かす波。地球の力。



 もともと、一線級の軍人ではない男たちの集りだった。規律も緩く、みな海を渡ることを楽しんだ。・・・むろんその頃は、ジオンが勝っていたから。今では、艦内の規律は当時より厳しい。厳しくないと『やっていけいない』から。厳しくすることで、自らを律しているのだ。

 U-801は、南氷洋の海の下を進んでいた。南緯60度を過ぎたあたりから年中暴風雨圏になるが、海の中を往く潜水艦に影響はない。それは、ジオンの敗戦にも関係無く、抵抗を続ける自分たちと重なる。



 (そうだ、あの日、宇宙でジオンは負けたはずなのに、・・・・・・・・・地球にいるから、敗北した姿も見えん。)



 もう三年も、ジオン軍残党の基地と基地の間を繋いできた。年々減る拠点。補給もままならず、部下達には耐乏生活を強いる。まっとうな補充以外は、各自が陸(おか)で買いこんできたものだ。伝を頼り。縁を頼り。住人のほとんどがサイド3に移住したような町では、温かく迎えられることもあった。それでも連邦の情報網を気にせねばならなかった。海は広い。だが安住の地は地球にはないのだ。

 船に乗せた軍人たちの表情が年毎に暗くなる。投降する者。脱走する者。行方知れずになる者。少しでも安全な拠点を求めて移動する者たちですら、暗い顔、疲れた顔、無表情な顔、・・・・・・・・・絶望。



 (そんな顔を、どれだけ見てきたことか。・・・ふぅ。)



 「・・・・・・・・・やれんなぁ。」

 「ハッピーニューイヤー!!!」

 その声に、急に現実を取り戻したように、ドライゼは辺りを見回した。艦長の言葉を期待した視線があちこちから注がれている。ずいぶんと長く話し込んだつもりだったが、わずか十分のことだったか、と思う。・・・じいさんの一生を語り尽くした気がしたのに。

 「ハッピーニューイヤー!」

 席を立って杯を掲げると、ドライゼは言った。挨拶はそれだけ。しかし歓声は上がる。



 あきらめられない以上、海を往くしかないのだ。宇宙でジオンが負けようとも。絶望が深くとも。










 宇宙世紀0083年10月23日、ユーコン級潜水艦U-801は、オーストラリアからアフリカまでの航行記録を残し歴史から消える。





 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・だが、最後に運んだものは、希望、だったのかもしれない。










END










Copyright (C) 1999-2003 Emiko Migiri all rights reserved.