=-= 初めてのデート =-=
砌えみこ
「たまには、ミネバ様抜きで散歩に行かないか」
「え・・・?」
シャア・アズナブルがそう言って、ハマーン・カーンを驚かせたのは、シャアにまとわりついて離れないミネバを、ようやく寝かしつけたある日の午後である。
実務が忙しいシャアがミネバ・ザビと遊ぶ機会は以前より少なくなっていた。母を亡くしてからというものの、ミネバが一番なついているのはシャアとハマーンだった。たまにシャアがミネバの顔を見に来ると、はしゃぎすぎていつもより昼寝の時間が遅くなる。
宇宙世紀0081年のある日、ここは地球圏を遠く離れたアクシズ。
ミネバたち、ザビ家一党が暮らす区画はその最も深奥にあった。
「・・・で、でも、あっ」
とまどう14才の少女が答える前にその腕を掴むと、シャアは引っ張るように歩き出した。
「ちょ、ちょっと!」
「疲れているんだろう。たまにはゆっくりした方がいい」
有無を言わさぬ調子でシャアが言う。
「わかった、わかったから、その手を離して・・・」
シャアに握られた手が熱かった。
「い、痛い・・・から」
頬を赤らめたハマーンが小さな声で言った。
ニュータイプ研究所で育てられたというこの少女にシャアが興味を持ったのもあたり前かもしれない。
ララァという稀な存在を失った傷も表面的には癒えはじめていた。シャアは無意識に自分を包んでくれる女性というものを求め、探している・・・
プライベート用のこじんまりとした公園を二人で歩く。シャアとハマーンが特権を効かしているのだ。他に入ってくる者がいない。
(こ、これはデート・・・なのか)
シャアの隣を歩きながら、ハマーンはその考えに顔が熱くなるのを感じる。
「のんびりするのもいいだろう、こうやって歩くだけでも」
のんびりといってもシャアはいつもの赤い制服姿だ。どこか公式のようでもある。
「ま、まあ・・・そうか、な」
ハマーンが答える。その口調はまるで少年のもののようだ。
どこにいても人間にとって緑は必要であると実感する。その色は眼に優しく映り、その匂いはすがすがしい気分にさせる。
二人は環状に作られている遊歩道をゆっくりと進んだ。
「ハマーン」
(これがデートだとすると、次には・・・キス???)
(・・・木陰とか、ベンチとかで)
「ハマーン!」
(いや、まだ早すぎる。簡単に唇を許してはいけないとお姉さまも言っていたし)
「ハマーン!!!」
(はっ!)
「な、なに?」
何度も名前を呼んでいるシャアの声に、ハマーンがやっと気付く。
「やっぱり、疲れてるんだな。ちょっとそこのベンチに座ろう」
「ま、まだ早い!」(キスは)
「はぁ?」
「いや、なんでも・・・」
「おかしな奴だな」
ドキ、ドキ、ドキ・・・・・・・・・
(何だこの心臓の音は! わたしは、どうしたのだ)
「あ、ハマーン」
クワトロの手がハマーンに伸びて、その髪に触れた。
(あ、やっぱり、どうしよう、で、でも・・・体が動かない)
自然と眼を閉じて、ハマーンはその瞬間を待つ。
シャアがハマーンの髪に着いている葉っぱを取ると、何故か眼をぎゅっと閉じて、震えている様子が目に入った。
(クククッ、そういうことか)
さっきからのハマーン・カーンらしからぬ態度はこういうことかと笑いたくもなる。が、もし笑ったりしたら、この少女は生涯、自分を許さないだろう。
シャアはこれぐらいなら・・・と思い、そっとその額にキスをした。
(???)
そのキスにハマーンは自分が子供扱いされていることを敏感に読み取る。
(わたしだって・・・)
カッとなったハマーンは唇をぶつけるほどの勢いで、シャアの唇に重ね合わせた。
驚いたシャアが固まっている間に、
「もう、時間だ」
そう言うと、逃げるように公園の出入り口へ向かう。
「ハマーン!」
声をかけてみたが、振り返らない。
・・・女の子の14才っていうのは、子供でもないのかもしれんな。全く・・・私が14才の頃といったら・・・
苦笑するシャアが一人、緑の中に取り残された。
END
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